さくら サクラ

●桜とは

 いま、桜といって日本人が思い浮かべるのは、多くは「ソメイヨシノ」の風景だろう。しかし、ソメイヨシノが私たちの前にあらわれたのは、いまから約百五十年前、幕末のころのことである。それ以前、私たちの先祖は、どんな桜をみていたのだろうか。
 驚く方がいるかもしれないが、そもそも「桜」という名の植物はない。桜とは、似通った特徴をもつ種をまとめてよぶ、いわば総称なのである。もみじという名の植物がなく、これも総称なのと同じだ。

 全世界に野生する桜はざっと五十種、うち日本には九種、中国に三十三種、ヒマラヤに三種、欧米に五種が分布している。欧米の五種はミザクラ、いわゆる桜桃である。
 このほかに自然または人工の交配でつくりだされた園芸出種が約三百といわれ、その大半は日本にある。花の華麗と成長の速さから日本全国に植栽され、いまや日木を代表する桜となったソメイヨシノはこのひとつで、毎年の開花予想はこれの開花日をいうのである。
 ところで日本の桜だが、専門的なことはともかくとして、ふつうは,「エドヒガン群」 「カンヒザクラ群」 「ヤマザクラ群」の三つを知っていれば足りる。
 大きなちがいは樹皮で、縦目ならエドヒガン群、この中にエドヒガン(彼岸桜)と、その栽培品種であるシダレザクラがある。シダレザクラはエドヒガンのうち、とくに枝の成長が速く、固化しないうちに伸長が進むために垂れ下がるようになったものである。
 他の桜の樹皮は横目で、カンビザクラは中国から沖縄にかけて分布し、沖繩では二月上旬に濃紅色の花を下向きに開く。ヤマザクラ群の中には、ヤマザクラとオオシマザクラがある。ヤマザクラはソメイヨシノがあらわれるまで、名実ともに「日本の桜」だった。左近の桜も本居宣長が敷島の大和心と詠んだのもこれで、樹皮は桜皮紬工として庶民の生活を支えた。
オオシマザクラは伊豆七島と関東南部に分布し、白色で犬型の花を着けるので、これを片方の親としてつくり出された園芸品種が数多くある。例のソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの交雑種と考えられている。カンザクラや近ごろ人気のカワヅザクラなど早春咲きの桜には、カンビザクラの交雑種が多い。
 八重桜はおしべが花弁に変化した園芸品種で、平安のころから珍重され、都からもたらされたと伝える古樹が全国に点在する。中には、これがさらに花弁の原型である葉にまで先祖返りしたものもある.塩竈神社のシオガマザクラはこの例で、中に葉を生じた花が神社の紋章になっている。原木は国指定天然記念物である。
 寿命でいえば、エドヒガンが干年、ヤマザクラ七百年、カンヒザクラ百年、ソメイヨシノは六十年といわれている。もちろん、個体差や環境によって長短があるのは人間と同じである。しかし、樹齢は正確にはもとより、推定もむずかしく、よくわからないというのが正直なところである。

出典:「古木の桜はなにをみてきたか」 河出書房新社:宗方俊ユキ 2003年

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