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Talk to Oneself 18( No.171-180 )
07.1.20〜07.4.20
Talk to Oneself 18 目次
4月20日 わが町の街路樹などの剪定に思う、子供の選挙 4月10日 今年の桜、石原さん、大リーグへの選手養成所
4月1日 関西テレビの処分 3月20日 小屋が雑誌に載ります、堀江さんの判決
3月10日 「池田清彦」著の「他人と深く関わらずに生きるには」 3月 1日 「千の風になって」に思う事
2月20日 「当たり前」と言う事 2月10日 本当に暖冬です、柳沢発言
2月1日 番組のデータ捏造事件、 07.1月20日 「不二家」と雪印、犬・猫の平均寿命と医療費

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2007年4月20日(金曜日):わが町の街路樹などの剪定に思う、子供の選挙
  わが街の公園の樹木や街路樹は、今 いとも哀れな姿になっています。
何故かと言うと、街の方でこれらの樹木の冬場の剪定作業(内実は、剪定などと言えない殆んど幹だけ残した酷い枝きり)で、枝が殆んど無い、太い幹だけが残った姿を晒しているからです。この枝きりは、春には花が咲く沢山の蕾を持ったこぶしの木や、木が腐ってしまうから、枝など切ってはいけないとと言われている桜の木まで、木の種類に関係なく実施されています。
 恐らく、毎年の経費節減のため、出来るだけ枝を落としなさいという街の指示により、植木などに全く関係の無い業者が、請け負っている様に思います。
 この様な樹木に対する愛情の無い剪定作業?をするのであれば、街路樹など植えないほうが余程良いのではないかと思ってしまいます。他の街では、一体度の様な状況なのでしょうね。
 財政が厳しい事情は判りますが、経費節減の方向が違うのではないでしょうか。

わが街でも、県会議員選挙、続いて市長・市会議員選挙の真っ最中です。今年の選挙では、市町村合併などで大幅に選挙が変わった所も多いのでしょうか?
 ところで、我が家の子ども達は、選挙になど全く興味がありません。従って恥ずかしい話ですが、一度も選挙に行った事がありません。決して若くない子供達に、たまには行けと言う事もあるのですが、誰にどのような事を期待するか判らない状況では、それ以上、選挙に行けと言った事はありません。
 投票率も、年々下がって来ている訳ではない様ですから、年を取ってくると、それでも選挙に行こうと言う気持ちになるのでしょうか?
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2007年4月10日(火曜日):今年の桜、石原さん、大リーグへの選手養成所
  今年の桜は、4月後半に大きな予定が入っているため、残念ながらあまり見る事が出来ませんでした。
 そんな中、NHK大河ドラマ「山本勘助」とも縁の深い、上田城址の桜と、千葉県・八日市場の水戸黄門様が植えたと言われている、樹齢300年強の黄門桜を見に行きましたので、アップしました。

東京都知事選挙で石原さんが圧勝しました。今の石原さんの人気ならば、例え 管さんや鳩山さんが対抗馬として立っても、恐らく勝てないでしょうし、唯一勝てる人がいるとすれば、小泉さん位ではないでしょうか?
 しかし、42年前の、東京オリンピックと違って、もうこれ以上の開発も発展も必要の無い今の日本(東京)に、オリンピックを招致したいとは、一体何を考えているのでしょうか。
今のように、優勝者だけが称えられ、商業化して利益を生み出す道具にもなっているオリンピックなど、大型テレビで好きな競技だけ見られれば充分です。
 どうも過去の歴史が教えているように、絶対の権力者になると、人の為ではなく、自分の権力を誇示する何かをしたくなるものなのでしょうか。石原さん、少し頭を冷やして己を考えたほうが良いかもしれませんね?

大リーグ・レッドソックスの松坂が、公式戦初先発で素晴らしいピッチングをして、初勝利をものにしました。一方、ヤンキースの井川は、負けは付きませんでしたが、ほろ苦い初先発になったようです。
 確かに大リーグの野球は、見ていて選手個々が個性的で、スピード感があり、日本の野球に較べて格段に面白いと思います。
 しかし、最近 沢山の日本人選手が、大リーガーとして活躍するのを見ると、日本の一流選手であれば、もう野球のレベルは、全然他の国の選手と変わらないか、むしろ同等以上のような気がします。 この事を考えると、一郎や松井や松坂等などが活躍するのは、あたりまえの事であり、さらに多くの日本人のスター選手が、大リーグに行く事になり、大リーグの試合が、これまで以上にテレビで放映される様になったならば、日本のプロ野球など、巷で言われているように、大リーグへの選手養成所に成り下がってしまって、観客が激減するかも知れませんね。
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2007年4月1日(日曜日):関西テレビの処分
  関西テレビの「あるある」番組のデータ捏造問題を2月1日のこの欄で書きましたが、やっと事の重大さに気づいて、現状の罰則では最高の重い処分が下される様です。それにしても、テレビ局他社の報道の仕方は、今、世の中で騒がれている色々な不祥事の報道に較べて、手心の加え過ぎではないかと思えてしまいます。

 私達は、堀江さんではないですが、マスコミ・特にテレビで報道される情報のままに間違った方向や、虚像を作りだしている事に、もっと気づくべきではないでしょうか。
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2007年3月20日(火曜日):小屋が雑誌に載ります、堀江さんの判決
  私のホームページの小屋が雑誌に載ることになりました。「Memo(メモ) 男の部屋」と言う雑誌の特集企画「最大級の居心地がある、一人用極小空間」という中で、6例ほどの4番目として掲載される予定です。3月の始めに私のホームページを見て、メールがあり、取材させて欲しいと言う事なので、喜んでOKしました。早速写真を撮りに来て、小屋を造った経緯など話しましたが、そのゲラが送られてきて、さすが広角レンズ(18mm?、画角:120度)の画像は、一味違うなと感心している所です。
ホームページもこれを機会に、多少手直しして、画像等を大きくしてみました。

雑誌は、これまで興味をもって見ていませんので、全然知りませんでしたし、この辺の書店では、置いてないのではないかと思います。

雑誌の名前: 「Memo 男の部屋」、発行部数:10万部
今回の企画:「最大級の居心地がある、一人用極小空間」
3月26日発売、5月号、550円(書店かコンビニで販売)
発行元: (株)ワールドフォトプレス

ライブドアーの堀江さんの1審裁判の判決が出ました。執行猶予の付かない実刑判決で、刑期は2年6ヶ月だそうです。初犯だし、3年以下の刑であれば、執行猶予が付くのが普通でしょうが、それだけ社会に与えた影響が大きかったと言う判断でしょうか?
 今後の控訴審でどうなるかは判りませんが、損害賠償の民事訴訟も起こされ、個人資産も失うかもしれないという週刊誌の広告を見ました。この様な株で一儲けしようと思うからには、当然リスクも伴うものであり、こちらの方の司法判断は、どの様にでるのでしょうね?
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2007年3月10日(土曜日):「池田清彦」著の「他人と深く関わらずに生きるには」
  最近、「池田清彦」著の「他人と深く関わらずに生きるには」と言う本を読んだ。私は(私達は)、普段の生活の中で、世間体とか自分をよく見せたいとか、あるいはよく思われたいと言う意識が知らず知らず働いて行動いる事が多いように思います。
 この本を読むと、世間のこの様な、人にどう思われるかとか、常識的なものをかなぐり捨てて不真面目に生きるのも、良いのではないかと言うような事が書いてあります。
 確かに、随分逆説的な書き方であるが、私の中には、この本に書いてあることの相当部分を、肯定しており、我が意を得た内容も随分とありました。

 ちなみにその第一部と第二部の目次を紹介すると・・・
第一部 : 他人と深く関わらずに生きたい
* 濃厚なつき合いはなるべくしない
* 女(男)とどう付きあうか
* 車もこないのに赤信号で待っている人はバカである
* 病院にはなるべく行かない、* 心を込めないで働く
* ボランティアはしない方がカッコいい
* 他人を当てにしないで生きる
* おせっかいはなるべく焼かない
* 退屈こそ人生最大のたのしみである
* 自力で生きて野垂れ死のう
第二部 : 他人と深く関わらずに生きるためのシステム・
* 究極の不況対策        * 国家は道具である
* 構造改革とは何か       * 文部科学省は必要ない
* 働きたい人には職を      * 原則平等と結果平等
* 自己決定と情報公開      * 個人情報の保護と差別

この本の価格は、362円の新潮社の文庫本です。
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2007年3月1日(木曜日):「千の風になって」に思う事
  昨年の紅白でテノール歌手の「秋川 雅史」が歌った「千の風になって」と言う歌が、「詩」の持つ力によって、最近随分と話題になっている様である。
 私がこの歌と出合ったのは、一昨年の5月頃、ワイフが何処かで聞いてきて良い歌だと教えてくれたので、早速「新井 満」のCDを買って聞いて、メロデーよりも詩の内容に感動したのが最初である。私の個人的な思いでは、この詩は、テノール歌手が朗々と歌い上げる性格の歌ではなく、しっとりと内に秘めた想いを伝える様な歌い方が好きな為に、何となく「秋川 雅史」の歌には、違和感を持っています。

 この詩は作者不明で、19世紀半ばアメリカで生まれたそうですが、その内容は、お釈迦様の「般若心経」*の教えに、まさに通じるものがあると思います。
 この詩が人々に受け入れられるのは、仏教の難しい言葉でなく、「愛する人を亡くした、どうしようもない悲しみや痛み」を癒す「救い・再生」の詩として直接聴く人に響いて来るからではないでしょうか。

 現代の坊主は、葬儀屋と法事の商売人であり、高僧と言われる人達は、瀬戸内寂聴さんのような方もいますが、一体何を世の中に問うているのでしょうか?宗教界は、宗教界全体で民放のゴールデンタイムでも買いとって、視聴率に関係なく、優しい言葉で説法をしたら、凶悪犯罪や殺人や自殺が少しは減るのではないでしょうか?

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訳詞
作曲
新井 満


私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
  ■千の風に 千の風になって
  ■あの大きな空を 吹きわたっています

秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
  ■朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
  ■夜は星になって あなたを見守る

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
  ■千の風に 千の風になって
  ■あの大きな空を 吹きわたっています

  ●あの大きな空を 吹きわたっています

A THOUSAND WINDS

Do not stand at my grave and weep,
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow;
I am the diamond glints on snow,
I am the sunlight on ripened grain;
I am the gentle autumn's rain.

When you awake in the morning bush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet in circled flight.
I am the soft star that shines at night.

Do not stand at my grave and cry.
I am not there; I did not die.
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般若心経一部:
*度一切苦厄:こだわりの心をすてなさい。色不異空:事物はいつか滅び、また生まれます。
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2007年2月20日(火曜日):「当たり前」と言う事
  1月26日のNHKの番組で、砂漠の中に何世紀も続いているイスラム教の街を放送していました。今、イスラム教はイラクなどの報道の為に、悪者にされていますが、放送の中の街は、厳格にイスラムの教えを守って穏やかに平和に、満ち足りて暮らしている様に見えました。
 その質素な生活と今の日本の物が溢れかえっている「物質的な豊かさ」と言われる生活を考えた時、「当たり前の生活」とは一体どちらの事を言うのだろうかと思ってしまいました。
 人が「当たり前」と思う事は、その人の周りで、本人も含めて普通の事と思うから「当たり前」になるのでしょうが、一歩視点を変えて見て見れば、それは、「当たり前」の事ではなく、とてつもなく異常な事かもしれません。私達は、余り必要でもない溢れかえる物に、何時の間にかだまされて、少しでもそれらの物を沢山得ようと追いかけ続け、何時までたっても「満たされない」事が、「当たり前」と思っているのではないかとさえ思えてしまいます。

 今年の冬は、暖冬で終りそうですが、夏は、冷夏に成るかもしれません。これまで想像も出来なかった、異常気象が起こるかも知れません。

 ここらで、もう充分に「満ち足りた」と思って、時間を止めて見たいとは思いませんか?
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2007年2月1日(木曜日):番組のデータ捏造事件
  関西テレビの「あるある」番組のデータ捏造で、またまた経営トップが頭を下げるシーンを見せられてしまいました。 社会に最も影響のあるテレビが、この様な捏造番組を放送することは、雪印の牛乳食中毒や今回の「不二家」の事件よりも何倍も問題であると思います。マスコミは、雪印や不二家に対して、重箱の隅をほじくる様な報道をし、結果として、 会社の存続さえも許されない状況に追い込んでしまいました。この報道のあり方と比較して、マスコミ各社は、他山の石として自戒せず、同業他社ということで、腰が引けた報道をしているのではないでしょうか?今までの報道のあり方からすれば、「あるある」はもちろんですが、それ以外の報道に対しても、同じように重箱の隅をほじくり、徹底的に糾弾するべきではないでしょうか。その結果、仮に関西テレビが存続できなくなったとしても、どこも同じような内容の民放の一つが無くなるだけで、世の中の人達は、何とも思わないのではないでしょうか。

 私達の思考や生活は、世論にしても、世の中の善悪にしても、選挙にしても、流行にしても、犯罪にしても、何でもかんでも、マスコミの報道内容に影響されて動いて行く現実を見せられているから、なおさら、その様に思ってしまいます・・・・。

 宮崎県の知事に当選した「そのまんま東」さんの報道など、知事でなくタレントの「東」さんの報道であり、全く異常な報道だと思います。
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2007年1月20日(土曜日):「不二家」と雪印、犬・猫の平均寿命と医療費
  ペコちゃん・ポコちゃんでなじみの深い洋菓子メーカー「不二家」が、消費期限切れ原材料の使用に端を発した、食品衛生管理の問題で、会社存亡の危機に立たされている。「不二家」の事件で誰もが思い起こすのは、2,000年の雪印乳業の牛乳食中毒事件だと思いますが、あの時の経営者の対応の悪さは、今でも思い起こしますが、「不二家」の創業者一族による同属経営による経営陣にも同じような事が見られる様な気がします。
 雪印乳業の場合は、会社が解体された現在は、バター・チーズ・マーガリンを主な事業としていますが、現在でも雪印のブランド名で、この事業部門ではトップシェアなのだそうです。
 「不二家」の場合は、これからどの様に展開するか判りませんが、雪印と同じように、ペコちゃん・ポコちゃん、「不二家」と言う強力なブランド名はありますが、はたして星の数程あるお菓子メーカーの中で、どのような運命をたどるのでしょうか?
 近所に「不二家」の系列店がありますが、お店のシャッターが下りており、これからの事が本当に心配でならないでしょうね。

我が家のビーグル犬「ナナ」も、今年5月が来ると6歳になりまが、人間にすれば40歳前後の中年になるのでしょうか。幸い、ここ何年かは元気で、病院に行く事はなくなりましたが、先日、何で読んだか忘れましたが、犬・猫の平均寿命は、犬11.9歳、猫9・9歳なのだそうですね。そして、医療費の負担は、10歳になると年平均11万円になるのだそうです。
 「ナナ」は、多少ぜん息気味なので、そろそろ犬・猫の保険も考えねばいけないのでしょうか?ネットで調べてみようとおもっています。
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